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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)614号 判決 1965年3月15日

控訴人(附帯被控訴人) 朝日造船鉄工株式会社

右代表者代表取締役 ウイルヘルム・オバライン

右訴訟代理人弁護士 中村俊夫

同 徳崎香

被控訴人(附帯控訴人) 第一倉庫株式会社

右代表者代表取締役 塩住精一

右訴訟代理人弁護士 瓜谷篤治

同 志水熊治

主文

一、控訴人の本件控訴を棄却する。

二、原判決を被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴に基づき、左のとおり変更する。

(一)  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ、昭和二八年一月一日から同三四年一二月末日まで別紙損害金明細表記載の金員、同三五年一月一日から右家屋明渡ずみまで一ヶ月金五〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用中第一審で生じた部分は控訴人の負担とし、第二審で生じた部分はこれを十分し、その一を被控訴人の、その九を控訴人の負担とする。

四、本判決は、前第二項(一)に限り、被控訴人(附帯控訴人)が家屋明渡の点につき八〇〇、〇〇〇円、金員支払の点につき金一、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行できる。

事実

≪省略≫

理由

一、まず控訴人は被控訴人の本件家屋についての所有権の取得を争うので考察する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

日野吉治は本件家屋を所有し、同所において朝日鉄工所の名義で船舶の汽機および船体の電機具の製造修理を営んでいたが、その営業資金を調達するため昭和二三年一二月二九日経理担当者である山浦長一を代理人として中西政太郎から金三〇〇、〇〇〇円を利息月九分、弁済期昭和二四年三月三一日の約定で借受け、右債務を担保するために、本件家屋を中西に売渡し、その際右所有権移転登記手続は前記弁済期日まで猶予すること、右期日までに日野が前記借用金元利合計三八一、〇〇〇円を提供したときは本件家屋を右金額で中西から買戻できるが、右期日経過後は買戻権を失う旨の特約を付し、その際本件家屋に対する所有権移転登記手続に要する日野の印鑑証明書、白紙委任状を中西に交付し中西は本件家屋につき前記昭和二三年一二月二九日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をし、引続き日野に本件家屋の使用を許容した。

右認定に反する前掲各証人の証言および乙第五号証の記載部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、前記中西と日野との間の金銭貸借につき締結された担保契約は弁済期の経過により目的物たる本件家屋の所有権が確定的に債権者中西に帰属するとともに、それによって日野の債務を消滅させる趣旨のいわゆる担保流れの特約ある譲渡担保契約と解するのが相当である。

控訴人は、本件担保契約には、日野が前記借用金債務を支払わないときは、中西との間で本件家屋の売買価格を協定するか、または、他に転売しその代金を元利金債務に充当し、残余があればこれを中西から日野に返還する旨の約定があったと主張するが、右主張に副う原審証人北原留吉、同山浦長一の各証言は前認定の事実関係にてらし直ちに採用できず、他に右主張を肯認して前認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(二)  控訴人は、右譲渡担保契約は公序良俗に違反し無効であると主張するので考察する。当審における鑑定人前田定治郎、同近藤威の各鑑定の結果を総合すると、本件譲渡担保契約が締結された昭和二三年一二月当時の本件家屋の価格は金八五〇、〇〇〇円を下らなかったものと認められる。右認定に反する当審における鑑定人山本凱信の鑑定の結果は採用しない。原審証人山浦長一の証言、前掲乙第五号証の記載も未だ前認定を左右するに足りない。ところで、≪証拠省略≫を総合すると、中西は日野に対し前記三〇〇、〇〇〇円を貸与した時、利息として金一三、五〇〇円を天引し、さらにその後弁済期までの利息として合計金四〇、五〇〇円を受取っていることが認められるので、右のうち超過利息部分を元本に充当すれば弁済期日の残債務は金二五〇、〇〇〇円余となることが計算上明らかである。そうすると、本件担保契約は日野が貸金二五〇、〇〇〇円余を約三月後の弁済期に支払うことができなければ、時価約八五〇、〇〇〇円の本件家屋を中西に取得させることを約したことになるが、中西が当時日野の窮迫、浅慮、無経験に乗じて不当の利得をえる目的で右契約を結んだことは、本件の全立証によってもこれを認めることができないから、前記債権額に比べ担保の目的となった本件家屋の価格が約三・四倍に達するからといって、本件譲渡担保契約が公序良俗に違反し無効ということはできない。

(三)  次に、本件消費貸借および担保契約が更改により消滅したとの控訴人の主張について考察する。≪証拠省略≫を総合すると、本件債務の弁済期は日野の懇請により延期されていたところ、日野は昭和二四年六月二四日中西に対し同年七月一五日まで本件家屋の所有権移転登記手続と担保権の実行の猶予を求めてその承諾をえたにかかわらず、右期日を徒過した。そこで、中西は同年七月一八日本件家屋につき所有権移転登記手続をし、同年八月六日日野に対し右登記手続の完了を通告するとともに同月末日限り本件家屋の明渡を催告した。ところが、日野は同年一二月末にいたり、中西に対し本件家屋の買戻を懇請した結果、翌二五年一月二八日右当事者間で、本件家屋の代金を登記費用を含めて金三四〇、〇〇〇円と定め、日野から中西に対し右代金と中西が本件家屋につき負担すべき不動産取得税(ただし、当時その額は未決定であった。)を支払った場合には、中西から日野に本件家屋を返還する旨の買戻契約が成立し、日野は同日右買戻代金の内金として金二五〇、〇〇〇円を支払ったが、残額九〇、〇〇〇円の支払は日野の申出により少くとも向う一ヶ年間猶予された。その後、右不動産取得税額が決定したのにかかわらず、日野は右約旨に従う代納義務を履行せず、かつ、前記買戻代金残額九〇、〇〇〇円の支払猶予期間も徒過したので、中西はやむなく昭和二六年一一月二八日到達の書面で日野に対し前記残代金九〇、〇〇〇円と不動産取得税金二〇二、〇〇〇円を右書面到達後一〇日以内に支払うことの催告および右支払のないときは前記買戻契約を解除する旨の条件付解除の意思表示をしたが、日野は右催告に応じなかったため、右買戻契約は同年一二月八日解除された。

右認定に反し、右当事者間に更改契約が成立したとの控訴人の主張に副う原審証人山浦長一、同山脇秋太郎(第一、二回)、原審および当審証人日野吉治の各証言ならびに前掲乙第五号証の記載は、いずれも信用できない。もっとも、前記昭和二五年一月二八日中西と日野間に作成された契約書(前掲甲第八号証)には、「右家屋ニ対スル本日迄ノ当事者間ノ債権債務ハ清算セズ一切打切リトス」との条項があるが、右条項は前記契約書全体を通読すれば、前認定の本件家屋の買戻契約をなす前提として本件家屋が本件譲渡担保契約の約旨により既に中西の所有に帰していることを念のために明らかにする趣旨と認めるのが相当であるから、右契約条項は未だ控訴人主張の更改契約を認めるに十分ではなく、他に右主張を認めて前記認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(四)  以上の認定によれば、中西は日野から本件家屋の所有権を取得したことは明らかであり、前示甲第一号証に原審証人山川寿男、原審および当審証人中西政太郎の各証言によれば、被控訴人は昭和二七年一二月三日中西から本件家屋を買受け、同月五日所有権移転登記手続をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、そこで、控訴人の本件家屋に対する占有権原の有無について判断する。控訴人が本件家屋を占有していることは当事者間に争がないが、中西は前認定のとおり本件譲渡担保契約の約旨に従い昭和二四年七月一八日本件家屋の所有権を取得したのであるから、その後である昭和二五年五月四日に控訴人主張のように控訴人が日野から本件家屋を賃借したとしても、右賃貸借契約をもって中西に対抗できないことは明らかであり、また、中西が右賃貸借を承認していたとの控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。さらに、控訴人主張のように、控訴人が本件家屋を占有利用している関係は、従前日野が本件譲渡担保に従ってこれを占有利用していた関係と実質上同一視できるものとしても、前認定のように本件譲渡担保契約の約旨によって本件家屋の所有権が確定的に中西に帰属した以上、日野あるいは控訴人は爾後本件家屋に対する使用収益の基礎も失ったものといわねばならない。したがって、本件家屋に対する控訴人の占有権原の主張はすべて理由がなく、控訴人は被控訴人に対して本件家屋を明渡すべき義務がある。

三、次に、被控訴人の損害賠償の請求についてみるに、控訴人は本件家屋を不法占有することにより被控訴人に対し相当賃料同額の損害を賠償すべきものであり、当審における鑑定人前田定治郎の鑑定の結果によれば、本件家屋の適正賃料月額は昭和二八年一月一日から同三四年一二月末日までは別紙損害金明細表記載のとおりであり、同三五年一月一日以降は月額五〇、〇〇〇円を超えるものと認められる。したがって、被控訴人の損害金請求は昭和二八年一月一日から同三四年一二月末日までは右損害金明細表記載のとおり、同三五年一月一日から本件家屋明渡ずみにいたるまでは被控訴人主張の一ヶ月金五〇、〇〇〇円の割合で支払を求める範囲においてのみ理由があり、その他の請求は失当として棄却すべきである。

四、しからば、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却し、被控訴人の附帯控訴は一部理由があるから、原判決を主文のとおり変更し、民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条、第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊野啓五郎 判事 斎藤平伍 兼子徹夫)

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